何だろう? 「科学の公園」をつくる会について

   公共団体等との接触


2007年10月9日 九州大学総長との懇談がおこなわれた。

 本会の大濱会長がNPO法人「科学の公園」の秋永理事長、岩本理事(いずれも本会会員)と共に九州大学に総長を訪問し、午後4時40分頃から約30分にわたり懇談しました。総長に先日行った「おもしろ科学公園in九州大学箱崎キャンパス」(「会の活動」のページ参照)の報告(「実施報告書(写真入23ページ)」をお渡ししました)と、今後もこの種のイベントに九大内の場所を使わせてほしい旨の要請をしたところ、総長はこの種の会の運動に非常に好意的で、来年以降も引き続き九大内の場所で今年と同様なイベントを開くことを快く了承されました。
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2007年2月20日 NPO法人「科学の公園」の発会式が行われた。

 発会式は市内のホテルで行われ、福岡県下から75名が出席しました。

 まず、秋永理事長から以下の経過ならびに活動状況の報告がありました。
 平成8年度から福岡県の呼びかけで始まった「フクオカ・サイエンスマンス(科学技術創造月間)」へ参加は、現在180団体に達しようとしている。青少年への科学理科教育の普及と啓蒙を目指すこの取り組みは、今後、福岡県とNPOの協働という新しいスタイルに衣替えされ、福岡県下の「出前科学実験」に対する助成事業は福岡県からNPOへ委託され実施されることとなった。

 ついで来賓の麻生福岡県知事の祝辞代読、梶山九州大学総長の祝辞がありました。

 引き続き行われた懇親会では秋永理事長(*)、中村副理事長、佐藤専務理事(*)、岩本常務理事(*)中島監事(*)の役員(*は本会会員)の紹介がありました。
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2006年8月1日 NPO「科学の公園」が認可された。

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2006年5月 子どもゆめ基金助成金に採択され、今年度 376、000円の交付が決定。

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2006年3月23日 本会とは独立なNPO「科学の公園」の設立を会が推進することを決定。

 会の例会で、昨年12月以来議論してきたNPOについて、本会とは独立で、県下全体の科学普及活動の支援とそのネットワーク作りを任務とするNPO「科学の公園」の設立を推進し、本会、「“科学の公園”をつくる会」、は現在のまま存続することに決定しました。
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2005年12月22日 県庁からの「活動支援の強化のためのNPO組織の重要性」の指摘。

 例会で、県から「活動支援の強化のためのNPO組織の重要性」の指摘があった旨、報告がありました。
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2005年11月5日 「子どもゆめ基金助成金」に応募

 会が進めている「おもしろ科学実験」などの活動はこの基金の趣旨項目の一部に合致しており、50万円程度の交付が得られる可能性が高いとの判断で、応募することにしました。
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2005年8月1日 福岡県企画振興部地域政事課を訪問。

 県企画振興部地域政事課を会員3名(相原、河合、佐藤)が訪問し、会の趣旨等を説明した後意見の交換をおこないました。県側からは福岡県が進めている「筑後ネットワーク田園都市圏」構想中に、従来の博物館の枠を抜け出した「総合 科学博物館」(筑後チルドレンズキャンパス計画の一部)計画がある、との説明がありました。
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2005年6月23日 県からの今年度サイエンスマンスへの参加要請。

 福岡県庁商工部サイエンスマンス担当の神田橋氏、西鉄エージェンシーの4名の方が来訪。 趣旨説明と参加要請があり、今後協議を続けることになりました。(「会の活動」のページ参照。)
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2005年6月14日 福岡市の東区長、同画課長らとの会合

 福岡市東区の林田区長、北崎企画課長、吉福同課員と会員4名(相原、秋永、佐藤、伴)が会談しました。和やかな雰囲気の中で、会の趣旨、活動、財政などの説明に対し区側から多くの共感が得ました。
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2005年2月1日 福岡市アイランドシティー・タウンミーティングに出席

 会員2名(相原、河合)が出席しました。会場では意見を述べる機会は得られませんでしたが、配布されたアンケートへの河合の意見が西日本新聞紙上で紹介されました。
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2004年5月27日 本年度サイエンスマンスについての県との連絡会

 例会で福岡県庁、工部から2名 西鉄エージェンシーから2名と 昨年度に引き続いて実施予定のイムズ行事について、県側からの現時点での基本方針案についての説明等があり、今後の協議の進め方等を話し合いました。(「会の活動」のページ参照。)
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2003年4月24日 今年度福岡県サイエンスマンス事業への参加の要請

 県の商工部から江崎企画係長および他の担当者3名の方が例会に出席され、本年もサイエンスマンス事業として、昨年同様の子供達が科学を楽しむイベントを計画しているので参加して欲しい旨の申し入れがありました。(参加しました。「会の活動」のページ参照。)
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2002年5月 福岡市立少年科学文化会館「科学交流室」利用について

 少年科学文化会館(福岡市中央区赤坂)の施設利用について、館側から相原会長へ問い合わせがあり、指定の書式の文書で利用を申し入れました。
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2002年1月15日 福岡市市長室からの問い合わせ

 福岡市市長室報道課(情報収集担当)の藤本広一氏が、ロボカップ2002福岡・釜山に関連してこの会の活動内容を知りたいと会の事務局を訪れました。
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2001年12月26日 福岡市教育委員会教育長、同次長との会合

 福岡市教育委員会の生田教育長、山田次長と会員9名(相原、大浜、秋永、斎藤、藤、福間、浜久保、有馬、中島)が会合を行いました。教育長、同次長ともに極めて好意的な姿勢で公園の趣旨や会の活動に理解と共感を示され、可能な範囲での協力を約束されました。今後も、継続してこのような会合を持っていきたいということになりました。
 (参照:「2001年11月29日 福岡市議会・九州大学移転対策委員会委員長との面談」へ)
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2001年11月29日 福岡市議会・九州大学移転対策委員会委員長との面談

 九大の移転を数年後に控え、「その跡地を科学公園に」という当面の目標へ向けて、福岡市議会・九州大学移転対策委員会の小石原委員長と会員8名(相原、河合、佐藤、斎藤、福間、藤、有馬、中島 )が面談しました。小石原氏から、九大移転計画のスケジュールとこれに対応する福岡市側の現在の状況、今後の見通しなどが説明され、市の移転対策委員長としての抱負などが述べられました。会側からは、世界的にもユニークな“科学公園”を福岡に創設することの意義、会の現状や活動の経緯などを説明しました。小石原氏は「大いに感銘を受け、感動した」と感想を述べられ、会の活動を支援するため、近々市の教育長を呼んで会合を持ちたいと提案されました。
 ※このあと小石原議員の積極的な呼びかけにより、教育長、次長との会合が同年12月26日に催されました。
 (参照:「2001年12月26日 福岡市教育委員会教育長、同次長との会合」へ)
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2001年8月 福岡市“マスタ−プラン2015”への意見投稿

 福岡市の新・基本計画原案“マスタ−プラン2015”に関する意見公募に対して、科学教育施設や科学教育活動の充実・拡張を求める意見を積極的に投稿しようということになりました。数人の会員が個人として、また相原会長が文書で総合計画審議会事務局へ意見を申し入れました。
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2001年6月13日 福岡市教育委員会との会合

 市役所で鶴田主査、生涯学習部社会教育課社会教育係・太田係長(公民館関係)、指導部初等教育課・奥本主任指導主事(小学校ゲストティーチャー関係)他1名と、会員5名(相原、河合、秋永、佐藤、中島)が会合しました。そのあと鶴田氏の案内で少年科学文化センターを訪問しました。
 会側から趣旨、会員構成、活動状況、公民館活動への協力の意義などについて説明し、市側から公民館で行われている催しの現状、予算(科学実験などの催しに対する財政的援助は困難)などについての説明がありました。
 会が具体案を出せば公民館に仲介するということなので、以前に配布した実験講座冊子にテーマごとのカラー写真を貼付した改訂版を渡し、公民館への配布資料にしてほしいと依頼しました。また、相原会長名で市内各公民館長あてに趣旨説明の手紙を配布してもらうことになりました。訪問授業も教育委で仲介役をしたいという意向でした。
 少年文化科学会館の一室をつくらん会の事務局として使わせてもらう件について、館長と話し合い、部屋を見せてもらいました。そして、「館の有効利用を拒むものではないが、部屋を特定団体の専用利用には出来ないので事務所としての利用はやめて欲しい。むしろ他団体と共用し互いの交流を計ることは有益ではないか」との回答がありました。また館の利用の細かい点について、説明が有りました。
 (参照:「2000年12月 福岡市教育委員会との面談」へ)
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2001年2月6日 福岡市助役との面談

 前助役・友池氏の引き合わせにより、現助役で元教育長でもあった西氏に会員4名(相原、河合、岡崎、森田)が面談し、会の趣旨や活動状況を説明して理解を求めました。西氏は会の活動に共鳴を示され、様々な助言と今後の協力を約束されました。
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2000年12月 福岡市教育委員会との面談

 12月12,22,26日の3回にわたって会員4名(相原、大浜、森田、河合、中島)が山田教育次長、段学習部長、印生涯教育部長、須堯同部計画管理課長、鶴田同主査と面談しました。会の趣旨や活動状況、過去の市への働きかけの経緯などについて説明し、次のような要望をしました。
  1.教育委員会が市民に対する理科教育の重要性を認識し、それに対して施策を講じるという姿勢を持ってほしい。
  2.公立学校での訪問授業などの行事や公民館での活動に対して、協力や財政的な支援をしてほしい。
  3.会の事務所が欲しい。
 これに対して市側からは、
  1.公立学校での訪問授業などについては、その可能性を公立学校に伝え、希望を募り、実施の調整を測る。
  2.全公民館に科学公園の会についての情報を伝え、公民館の行事として会の活動の場をつくる。調整は市側が行う。
  3.少年科学文化会館(福岡市中央区赤坂)の一室を事務所に改造し、他の同様な趣旨のボランティア団体との登録制共用とする。
    改造前に仮使用しても良い。
という回答がありました。
 ※その後、つくらん会の実験講座内容を冊子にした「やってみよう!おもしろ科学実験」を、教育委員会経由で小学校・公民館に配布しました。それによって小学校・公民館から会へ訪問授業などの依頼が続いています。
 少年科学文化会館を事務所に使うことは実現していません。
 (参照:「2001年6月13日 福岡市教育委員会との会合」へ)
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2000年10月 福岡市議会における「青少年の科学の場の確保について」の質疑

 市議会議員・青柳隆久氏から次のような報告を頂きました。

『市議会での青柳市議による「若者の科学離れが指摘される中、科学の専門家の方々は、その知識を社会や青少年に役立てたいと思って居られる。この科学者を囲む集まりの場を確保してほしい」という要請に対し、「科学者を囲む場は科学への探求心を喚起する事につながり、今後検討する(例えば九州大学が移転すると工学部の本館が空き、このような場所を活用)。また、学校教育の場で科学の知識を教えていただく様な機会を増やしていきたい」という福岡市側の回答が得られた。』

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2000年6月 福岡市教育委員会の学務部長との面談

 陣川学務部長と会員3名(相原、河合、大浜)が面談しました。その結果、福岡市教育センターを利用して定期的な会合をもつことが可能になりました。
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2000年2月16日 福岡市助役との面談

 福岡市助役・友池氏および公園計画課長・植木氏と会員4名(岡崎、相原、河合、大浜)が面談し、会の運動の主旨や活動を伝えました。助役は、九大跡地利用に「科学公園」計画を盛り込む事に非常に好意的で、公園としての九大跡地や建物の取得は福岡市が行うとの発言も頂きました。実際の運営方法等に関しても議論し、ボランティア活動として会員が参加する用意がある事を伝えました。

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2000年1月21日 福岡市教育委員会の学務部長、同部教職員第三課長との会見

 福岡市役所教育委員会の学務部長・陣川桂三氏および同部教職員第三課長・桑野素行氏と、会員4名(相原、河合、森田、大浜)が会見しました。会の運動の主旨や活動等について報告を行い、この運動の裾野を広げる方策などについて助言を頂きました。
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1999年11月10日 福岡市都市整備局公園緑地部公園計画課長との会見

 福岡市早良区の西南学院大学神学部移転跡地に「西南杜の湖畔公園」を作る計画があることを知り、会員3名(相原、大浜、河合)が市議会議員・青柳隆久氏の紹介で、市役所公園計画課の植木課長と会見しました。公園計画の現状や関連事業計画について話をうかがい、科学公園の趣旨に添ったミニ施設を盛り込むことを要望しました。
 ※これは実現しませんでした。西南杜の湖畔公園にはスポーツ施設などが出来ました。
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1999年8月 福岡市「サイエンスパーク」構想への提言

 福岡市が発足させた「大規模事業点検プロジェクトチーム」に、和白沖のアイランドシティーに予定されている「サイエンスパーク」構想の見直し案として、科学公園の設立を提言しました。
 以下がその提言文です。

アイランドシティーサイエンスパーク構想への提言

 この度、整備事業の対象になったアイランドシティーのサイエンスパーク計画を見ると、完成後の用地で私企業独自の『研究開発拠点の形成』が容易に進むとは現状では予想し難い。むしろ、その一部を市自らが開発し、これを核として企業や団体を誘致する確固とした戦略が必要であろう。以下は、その流れを意識した開発事業に対する我々の提案である。

新しい学術揺籃の地=科学公園の実現を!

構想:
 我が国は、近年の急速な工業化で近代化が進んだ反面、若者の科学・技術離れを各方面で指摘されている。アジアに開けた先進国の、また、その門戸である福岡市に在住する我々は、かねてからこの事態を憂慮し、若者の科学・技術離れを防ぎ、我が国の学術立国にも寄与でき、かつ、文化としての科学を普及・発展できる施設としての『福岡市に科学博物館・科学公園の実現』を意識し、同行の志を募り(現在90名)、地道な活動を続けている。(別添資料1:「科学公園」基本構想参照)
 当初、建設場所は、九州大学が西区の元岡地区に移転する箱崎キャンパス跡地の活用を一案に考えていた。(別添資料2:「科学の公園をつくろう!」パンフレット参照)しかし、九州大学の移転計画が長期化した現在は、その他の可能性も模索している。その間、一般市民も含めて青少年を主とした対象に、科学の楽しさ、文化としての科学の普及と啓蒙活動を進めている。(別添資料3:機関誌「科学公園」創刊号参照)
 今回のアイランドシティー計画に我々が最終的な理想像として描いた別添資料の科学公園基本構想の総てが一気に実現できるとは思わない。先ず、美しい公園で、市民生活と関連が深い分野の学術の専門家と市民、特に青少年とが、気軽に何時でも接触できる場を提供することから始める。さらに、長期的には、学術の進歩と社会の要請を反映させつつ、逐次拡大できる態勢を整えておく。其の過程で、20世紀までに築かれた学術の基礎の伝承とその延長に、新たに生ずる諸問題の解決にも真剣に取り組めて、新たな創造と発想ができる環境が醸成されるであろう。そのような機能を持たせることも、この新しい科学公園に求める。
 利便性・効率・大量生産と大量消費の上での、利潤の追求に腐心した20世紀は終わろうとしている。豊かな自然環境に囲まれ、都市整備も進む福岡市の、しかも、人工的に造られた土地で、自然現象と人間社会及び相互の因果関係を、学術専門家と市民とが考えあえば、従来とは異なる次世代・新世紀の、新しい文化としての学術が創造されるであろう。その推進には、基礎科学の普及と、周辺を取り巻く自然を実験室とする環境での思考とが有効に作用するであろう。そのような場として、公的に支援された施設である科学博物館をも兼ねる科学公園の実現を望む。

施設・運営:
 従来型の巨大施設や設備の導入は、市予算を圧迫し、運営にも支障を来すであろう。そのような弊害を避け、民意を反映できる方法を塾考すべきである。この計画に賛意を表する企業や個人・諸団体を含めて、改めて意見の集約を行うことを、市当局に希望したい。我々も運営方法等に関し、種々の案を抱いているが、現時点では敢えて具体的な私案の提示は控えたい。

まとめ:
 近世日本の文化が凝縮した江戸時代の鎖国時にあって、長崎の出島が唯一の世界に開かれた窓であった。グローバル化の今日、アイランドシティーは21世紀の出島として、アジアの先進国の日本の、また、その門戸である福岡市と市民の誇りになるべきであろう。そこに、我々が描く科学公園が実現し、有効に機能でき、この新たな出島から新たな学術を誕生させ、世界に発信できれば、建設の目的は達成されるであろう。
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1998年2月26日 九州大学移転跡地利用の基本理念審議会への要望

 九州大学移転後の敷地の管理者である大蔵省財務局は、跡地利用の基本理念を決めるため審議会を設けました。会員3名(森田、宝来、河合)が、審議会委員の一人である福岡大学の石田学長を訪問しました。本会の趣旨を説明し、跡地が文化・学術・教育的な目的に使用されるよう要望したところ、石田氏は要望の主旨に賛同され、それに沿う努力をする事を約束されました。
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1995年8月3日 福岡市第七次総合計画への提案

 福岡市が2010年までの街づくりの指針となる福岡市第七次総合計画を作るに当たり、その審議会が広く一般市民から意見を公募しました。会では「科学公園基本構想書」を提出し科学公園の設立を提言しました。
 ※総合計画書の中に「生涯教育も出来るような新しい型の科学博物館を作る」という趣旨のことが盛り込まれたのは、その成果ではないでしょうか。
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