何だろう? 「科学の公園」をつくる会について

   〜会の成り立ちと会則、会長・副会長、運営委員会、活動、公共団体等との接触、入会案内〜

目次

会の成り立ち
 1.発端
 2.「科学博物館構想」から「科学公園構想」へ
 3.会の発足
 4.科学公園の基本構想のまとめ
 5.“姿なき科学公園”の始動
 6.それから

「科学の公園」をつくる会 会則

会長・副会長の紹介

運営委員会の構成

会の活動

公共団体等との接触

入会のご案内


会の成り立ち

 科学公園建設を目指した運動がどのようにして始まったのか、1992年から最初の数年間をまとめてみました。

1.発端

 きっかけは、九州大学キャンパスを福岡市西部へ移転する計画でした。
 この移転計画が実現すれば、多くの建物や実験装置、標本などが取り壊され破棄されるだろう。ならば、それらを活用して「科学博物館」を作ってはどうか。1992年の秋、九州大学理学部の教授だった河合光路と相原安津夫が、そう考えたのです。
 間もなく、彼らの周囲にこの考えに共鳴する人達が出てきました。市民運動の進め方については全く分からなかったので、地元の西日本新聞社に助言を求めました。その結果、桑原福岡市長(当時)宛に手紙を書くことにしました。さきほどのアイデアで科学博物館を作り、生涯学習の場としてどうか。そう手紙の中で提案したのです。
 この手紙のことが西日本新聞の日曜版(1993年1月24日)に、九州大学の建物や鉱物標本などの写真とともに大きく紹介されました。これを機にタウン誌「シティ情報ふくおか」や朝日新聞などにも、関連記事が載りました。
 これがこの運動の発端になったのです。


2.「科学博物館構想」から「科学公園構想」へ

 報道を見て運動に参加する人、呼び掛けに応じて参加する人などが、少しずつ出てきました。メンバーは福岡市内の大学や高校の先生たち、地元の街づくりに尽力されている方々、青年会議所の人たちなどでした。毎月一度集まり、夢を語り、意見や情報を交換しました。この例会は現在までずっと運動の中心になっています。
 例会で議論するうちに明らかになったのは、「我々が欲しいのは、ありきたりの博物館ではない。来訪者が能動的に科学を楽しめ、専門の研究者と親しく交流できる場だ」という事でした。そして、そんな夢を実現する場所として「科学公園」というアイデアを考えたのです。
 それは趣意書にも書いてある通り、およそ次のようなものです。

 美しい公園の中に、体験的博物館の他に、いろいろな設備をもった研究室、実験室、工作室、討論室、図書館、講堂などがあります。来園者は博物館で自然の驚異や、科学・技術の過去の業績や最新の成果に触れ、色々な実験を見、体験をします。より進んだ興味をもった人達は、専門家の助言を受けながら、自分のアイディアで実験や工作をし、研究をして楽しむことが出来ます。また、最新の科学についての報告を専門家(時にはノーベル賞受賞者)から直に聞き、また、発表会や公園が発行する定期刊行物などで自分の研究の発表ができます。公園には原っぱや森や小川、温室などがあって、動・植物の観察や研究が出来ます。また、相談室があって、何でも専門家に相談することが出来ます。公園では専門的な研究、観測も行われており、常に来園者の見学のために開かれています。時には、来園者と専門家の共同研究も行われます。

 こんな施設はまだ世界中のどこにもないので、それを 「科学公園」と名づけました。

 このようにして、「科学博物館構想」から「科学公園構想」へと考えが発展していきました。それと共に、重要なのは「科学公園」がどこかに出来ることであって、九州大学の移転後の廃物利用はそれほど本質的なことではない、ということも分かってきました。


3.会の発足

 1993年末には、集まりを「会」の形にすることにしました。
 20余名が発起人となり、それまでの議論をまとめて会の趣意書を作りました。会の名前は、博多にわか風の語呂合わせで「科学公園をつくらんかい(会)」としました。そして、科学公園の具体的なイメージ作りのため、体験型科学展示のアイデアを会員内外から広く募集してパンフレットにしたり、建物の模型を製作したりしました。
 1994年3月、福岡市で日本物理学会が開催された際、学会長らが桑原福岡市長(当時)を表敬訪問したのですが、会員2名(河合、深見)がこれに随伴しました。会の発起人名簿と趣意書を市長に手渡し、運動の主旨を説明しました。
 発会式は1994年11月12日に、九州大学工学部本館講堂で行いました。簡単な会則を決め、それに基づいて初代の会長(河合)、副会長(斉藤、林)を選任しました(任期は2年)。
 引き続いて発会記念フォーラムを開催しました。そこで前記のパンフレットを配布し、建物の模型を展示しました。このフォーラムは“つくらん会”の存在を一般にアピールした最初のイベントとなりました。一般市民を含む約80名の参加があり、講演4件の後、活発な公開討論会が行われています。
 当日は新聞やテレビが取材に訪れ、フォーラムの模様が報道されました。各方面から反響がありました。1984(昭和59)年頃に福岡市へ科学館建設を提言された方から、その経緯と資料を添えた激励のお手紙が寄せられたりもしました。


4.科学公園の「基本構想」のまとめ

 1995年に入ると、科学公園の全体構想(理念、機能、施設等)を広く知ってもらうため、それを文書にすることにしました。
 「基本構想小委員会」が“たたき台”を作り、例会で議論が繰り返され、その年の夏までに対外的に発表する「基本構想」文書をまとめました。
 当時、福岡市では2010年までの街づくりの指針として「第七次福岡市基本計画」が審議されており、意見公募が行われていました。これに対して、「基本構想」文書を趣意書や会員名簿と共に、95年8月に市へ提出ました。
 翌1996年8月に発表された「第七次福岡市基本計画書」を見ると、『生涯学習のための施設設備の一環として、「新科学館」の建設を推進します』という文章が盛り込まれています。表現はともかく、道は開かれたと言えるでしょう。


5.“姿なき科学公園”の始動

 つくらん会では、早くから「科学公園の数ある機能の内、今、実現出来ることはただちに始めるべきだ」と考えていました。そこで基本構想小委員会と同時に“姿なき科学公園”小委員会を作り、この課題に取り組みました。
 最初の具体的な活動は、1995年夏(7月29日〜8月27日)に福岡で開催された『メビウスの卵展'95』への協力です。これは科学と芸術の間を追求している同名の集団が全国数ヶ所で開いているもので、この年、初めて福岡市でも西部ガスミュージアム(早良区百道浜)で開催されたのです。小委員会は、企画の段階から展示品の製作、展示、実験の実演、説明、ワークショップに至るまで、全面的に協力しました。「卵展」には4週間で1万2千人もの入場者があり、大盛況でした。
 1996年に入ってからは、7月19日〜31日に再び『メビウスの卵展'96』に協力し、2週間で約1万人の入場者を得ました。また、8月17日には東区筥松小学校区の夏祭り、11月10日には『第8回全国生涯学習フェスティバル』の一環として行われた『まなびピア福岡'96』の飯塚会場(九州工業大学情報工学部)に参加し、科学実験の実演、展示などを行い、好評を得ました。12月21日には、講演・討論会と科学講演・体験実験会の二部から成る『第2回科学公園フォーラム』を、福岡市立中央市民センター(福岡市中央区)で開催しました。第2部には多くの子供達も集まり、科学を楽しみました。
 その後も、年に一回の『おもしろ科学公園』(『科学公園フォーラム』を改題)の主催や、小中学校でゲストティーチャーとして科学体験イベントを開催しています。
 今後とも、「姿なき科学公園」は会の中心的活動の一つとして重要性を増していくことでしょう。


6.それから

 “姿なき科学公園”活動は、会の活動のページに記録してあるように、いろいろな出前科学実験、科学の祭典の共催、参加など、活発に続けられています。特に毎年、福岡県主催で11月行われているサイエンス・マンスへの参加、共催は高い評価を受け、それが後述のNPOの発足の端緒となりました。
 一方、公共団体等との接触のページに記録してあるように、福岡市、福岡県、科学普及のための財団などへの働きかけ、およびそれらからの協力要請への対応をして来ました。その成果の一つが県から本会への呼びかけを機に(本会とは別な)NPO「科学の公園」が2006年8月に発足したことです。このNPOは県下の、本会を含む団体・個人の科学普及運動の支援、ネットワーク作りを任務としており、県の補助を受けて活動しています。
 以上のような会の活動は何度かマスコミ(新聞、テレビ、ラジオ)に好意的に取り上げられました。一方これらの活動を通じて会では「科学公園をつくらんかい(会)」という名称が一般の人に少し分かり難いらしいことを知りましたので、今後の活動の拡充のため、分かりやすいシンプルな名前に変えることにし、2006年に会名を「“科学の公園”をつくる会」に改めました。
 また、2003年にこのホームページを開設し、会に関する情報を発信し始めるとともに、そこに「科学の広場」のページを設けて参加型の“姿なき科学公園”の活動を続けています。今後とも活動の状況やイベント開催のお知らせを行っていきますので、これからも時々のぞいて見て下さい。
 一人でも多くの方がこの運動に賛同し、参加して下さることを願っています。

(文中継承略)

「科学の公園」をつくる会(旧称:科学公園をつくらんかい(会))会則
(2007/3/18改訂)

第1条(会の目的)
 科学のこころを育み、生涯を通じて科学を楽しむ場として、「科学の公園」をつくることをめざす。


会長・副会長の紹介

会長
大浜順彦 (おおはま・のぶひこ)
西南学院大学文学部児童教育学科教授
副会長
副島雄児 (そえじま・ゆうじ)
九州大学高等教育開発推進センター 高等教育開発部教授
任期:平成19(2007)年3月〜平成21(2009)年3月


運営委員会の構成

 会では活動強化のため次のような運営委員会を組織しています。

企画委員会 会の活動の企画や年間スケジュールを作成する。
また実施委員会と協力して実施計画を立てる。
実施委員会 企画委員会で立案された企画の実施計画を立てて、実施する。
必要に応じて、企画個別の実行委員会を作る。
広報委員会 各種企画の告知を行う。
またイベントなどの機会を利用して会の主旨などの広報活動を行う。
研究開発委員会 新しい科学実験のアイデアを考案し、装置の試作や製作を行う。
ホームページ運営委員会 科学の公園ホームページの管理・運営を行う。


copyright
「科学の公園」をつくる会